日本企業向け人材の特徴

「エンジンを発明したのは誰か」 ―答えられなかった、たった一つの質問が私の人生を変えた。

日本企業の信頼を獲得したウズベキスタン人整備士のキャリア

2026.08.17閲覧数 340
「エンジンを発明したのは誰か」 ―答えられなかった、たった一つの質問が私の人生を変えた。

プロフィール

氏名:Azimov Saidazimkhon(アジモフ サイドアジムホン)

年齢:26歳

出身地:ウズベキスタン、ナマンガン市

在留資格:技能実習→特定技能1号→特定技能2号

勤務先広島県 Balcom Motors

日本車への憧れから始まった挑戦

技能実習生として来日し、その後「特定技能1号」、そして「特定技能2号」を取得しました。聞くところによると、ウズベキスタン人としてこの資格を取得したのは私が初めてだそうです。

もちろん、これは私にとってゴールではありません。まだまだ学びたいことがありますし、もっと成長したいと思っています。母国でも整備士として働いていましたが、以前から「海外でも通用する整備士になりたい」という思いを持っていました。世界中で高い品質が評価されている日本車について学ぶことができれば、自分ももっと成長できるはずだと考え、日本語を学び、日本で働くことを決意しました。面接を経てBalcom Motorsに技能実習生として採用され、日本での新しい人生が始まりました。

自信は、一つの質問で崩れた 

ウズベキスタンで働いていた頃、私は自分の能力にかなり自信を持っていました。

ー「車を見れば分かる。」
「エンジン音を聞けば故障箇所は判断できる。」

そう思っていました。

しかし、日本で最初に受けた研修で講師から聞かれたのが、

ー「エンジンを発明したのは誰ですか。」
「エンジンは、どのような原理で動いていますか。」

という質問でした。

私は答えられませんでした。故障を直すことはできても、その背景にある理論や科学を説明することはできなかったのです。そのとき初めて、「私は経験だけで仕事をしてきた」という事実に気付きました。整備士として長年働いてきたにもかかわらず、自分の仕事を本当の意味で理解していなかった。その悔しさは、今でも忘れることができません。だから私は決めました。

ー「ゼロから学び直そう。」

その日から、私は整備という仕事をもう一度、一から勉強し始めました。

「分からない」と言える勇気

日本の整備士教育は、とても体系的です。三級、二級、一級と段階的に知識と技術を身につけていきます。しかし教材は、日本人向けに作られた専門書です。当時の私には、日本語も内容も難しく、授業についていく自信がありませんでした。そこで私は上司にまず日本語をしっかりと学んでから、整備士としての教育を受けたいと相談しました。上司は私の考えを尊重してくれました。十分に日本語を学んだ後、入社から約2年が経った頃、三級整備士の授業への参加を認めてもらいました。技能実習生が早い段階で三級整備士資格を取得することは珍しく、無事合格した際には広島のテレビ局から取材も受けました。

「見て覚える」から「理解して身につける」へ

母国では、整備士は先輩の仕事を見ながら覚えることが一般的でした。親方の作業を観察し、経験を積み重ねながら技術を身につけていきます。一方、日本ではまったく違いました。作業には明確なマニュアルがあり、

「この順番で外す。」
 「このトルクで締める。」
 「この工程を確認する。」

すべてに理由があります。

さらに、正しくできるまで先輩が横について指導してくれます。間違えれば、その場で一緒に原因を考え、改善方法を教えてくれる。決して「見て覚えろ」ではありません。私が特に驚いたのは、 仕事が終わった後でも、理解が十分ではない社員のために時間をつくり、丁寧に教えてくれることです。会社にとって社員一人ひとりの成長は、将来の会社全体の力になる。そう考えているからこそ、人を育てることを惜しまないのだと思います。この文化は、私にとって非常に印象的でした。

日本企業で学んだ、任せる文化とチームワーク

日本で働くようになって、人を育てることと同じくらい強く印象に残っていることがあります。それは、「チーム」という考え方です。ある日、私のチームの整備士が仕事に遅れることがありました。私は別のスタッフに「まだ来ていないのですか」と尋ねました。すると返ってきたのは、

ー「少し遅れるそうです。チームの皆さまにご迷惑をお掛けして申し訳ありません。」

という言葉でした。

謝っていたのは遅刻した本人ではありません。同じチームの仲間です。最初は驚きました。「なぜあなたが謝るのですか」と思いました。しかし時間が経つにつれ、その意味が分かるようになりました。日本では、一人の失敗はチーム全体の課題として受け止めます。だからこそ、仲間を責めるのではなく、支え合いながら仕事を進めていく。この姿勢は、私にとって大きな学びでした。

少しずつ任され、少しずつ信頼される

日本では、新しく入った人にいきなり大きな仕事を任せることはありません。最初は先輩の仕事を見て学び、小さな作業から経験を積み重ねていきます。一つひとつ確実にできるようになると、次の仕事を任せてもらえる。その繰り返しです。私も最初は簡単な整備から始まり、やがてエンジンや他の重要な作業も担当するようになりました。BMWのエンジンは非常に高い品質で、大きな故障は多くありません。だからこそ、修理が必要になったときには、確かな知識と責任が求められます。

「能力を見て任せる」という文化

現在、私は工場長代行という立場で仕事をしています。きっかけは、工場長が異動になったことでした。会社は、私に挑戦する機会を与えてくれました。少しずつ経験を積み、結果を出していくことで、任される仕事も増えていきました。今では8名の整備士に作業を割り振り、進捗を管理し、工場全体のスケジュールも調整しています。もし私が母国で会社を経営していたら、外国から来たばかりの社員にここまで任せることができただろうか。そう考えることがあります。だからこそ、この信頼には感謝しかありません。信頼は、国籍ではなく、一人ひとりの努力と実績を見て築かれるものだと、日本で学びました。

品質は、最後の一本のボルトまで

Balcom Motorsでは、品質管理が徹底されています。たとえば、ボルトを一本締めたあとでも、別の整備士が確認を行い、チェックシートに署名します。万が一問題が起きたときにも、どの工程を誰が確認したのかが分かる仕組みになっています。さらに車両は複数回にわたって点検され、ブレーキ、ステアリング、アライメントなど、すべての安全項目を確認してから、お客様へお渡しします。

最終確認を担当できるのは、「自動車検査員」の資格を持つ整備士だけです。私にはまだその資格はありません。工場の8人の整備士の中でも取得しているのは3人だけで、いずれも20年以上の経験を持つベテランです。私にとっても、次の大きな目標の一つです。

お金よりも、キャリアを選んだ

「日本で働くと給料はいいですか。」よく聞かれる質問です。もちろん生活は安定しています。家族への仕送りも毎月続けています。しかし、私が日本へ来た理由は、お金ではありません。もし収入だけを考えるなら、別の選択肢もあったかもしれません。私が欲しかったのは、世界で通用する技術と経験でした。この4年半で給与も当初から1.5倍に上がりました。

日本を目指す若い人たちへ

もし本気でキャリアを築きたいのであれば、日本は素晴らしい環境です。しかし、お金だけを目的に来るのであれば、長く続けることは難しいでしょう。そして何より大切なのは、日本へ来る前に日本語をしっかり勉強することです。私は、日本に来てから何年も生活しているのに、十分に会話ができず苦労している人をたくさん見てきました。職場で信頼されるためには、日本語は欠かせません。言葉が分かるからこそ、技術も学べます。人との信頼関係も築くことができます。だから私は、日本語の勉強だけは妥協しないでほしいと思っています。

日本で学んだことを、母国へ

いつかウズベキスタンへ帰り、自分の自動車整備会社をつくる夢があります。社員を育て、日本で学んだ技術だけではなく、仕事への姿勢や品質管理、チームワークまで伝えていきたいと思っています。日本の整備工場には、「人を育てる文化」があります。私はその文化に育ててもらいました。日本で得た経験を母国へ持ち帰り、ウズベキスタンの自動車整備業界の発展に貢献すること。

それが、私の夢です。

「エンジンを発明したのは誰か。」

答えられなかった、あの日の一つの質問。

しかし、その質問があったからこそ、私は「経験だけの整備士」から、「学び続ける整備士」へと変わることができました。技術は、努力すれば身につきます。けれど、本当に大切なのは、「学び続ける姿勢」と「人を信頼し、人から信頼されること」。それは、私が日本で学んだ、何より大きな財産です。