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日本で大学教授になった先輩の体験談

日本で大学教授になった先輩の体験談

Umirdinov Alisher ウミルディノフ・アリシェル

出身:ウズベキスタン、フェルガナ州、バグダード地区

所属:名古屋大学

・経歴

2003年:タシケント国立法科大学入学

2007年:名古屋大学法学研究科修士課程入学

2009年:同博士課程進学

2012年:博士課程修了

2013年:イギリスで研究留学

2014年:名古屋大学特任助教

2017年:名古屋経済大学准教授

2024年:同大学教授
2025年 :名古屋大学 特任教授

・タシケント国立法科大学・名古屋大学日本法教育研究センター

私は2003年にタシケント国立法科大学に入学しました。当時は汚職が多く、入試の前に一部の人たちの間で入試問題が出回るようなことも珍しくありませんでしたが、私の入学した年はそのようなことはなかったようで、実力がある人がしっかり合格できました。そのおかげで私も4000人ほどの受験者のうち3位の成績で入学できました。
名古屋日本法教育研究センター(以下「日本法センター」)を知ったのは、入学した年の12月頃です。授業中に先生から、日本法センターができるから英語が上手な学生は日本法センターに行くよう指示され、英語が喋れた私と友人は授業中だったにもかかわらず教室を追い出されるように日本法センターに行きました。その後、入所試験を受けて合格できたので20041月から日本語の授業を受けました。日本法センターではグループワークやイベントを通じて日本人の先生や同級生と交流する機会に恵まれました。当時の法科大学ではサークルがなかったので、センターに入っていない同級生からは羨ましがられました。
当時は日本法センターが開設されたばかりなので、シラバス・カリキュラムもなく、設備も整っていませんでした。試行錯誤しながらみんなでセンターを作り上げていきました。
2005年に日本法センターが正式に開所しました。日本から国会議員が来たり日本関連のイベントがタシケントで開催されると学生の私も呼ばれて日本語で挨拶などをしました。ウズベキスタンの国営放送に呼ばれて話をしたこともあります。当時は海外に行くとスパイの可能性を疑われて裁判官や検察官になれない時代でしたが、これらの経験や日本での短期研修を通じて自分の目で日本を見たことによって、絶対に留学したいと思いました。

・修士博士時代の経験

猛勉強の結果、名古屋大学の修士課程に進学できました。来日当初は、苦労することが多かったです。N1を取得していたから自信満々でしたが、最初のうちは教員が日本人学生に向けて話す言葉についていくのが大変でした。また研究テーマをよく理解していないこともわかりました。私は国際投資法をテーマに選びましたが、実際には国内投資法を研究対象としてしまっていました。国際投資法が二国間条約や投資契約に基づく国際投資仲裁の判断などを対象とする分野であることをウズベキスタンにいる間は理解していなかったのです。ウズベキスタンには国際投資法の教科書がないし指導できる先生もいなかったからです。そのため、日本の修士課程でゼロから勉強し直しました。ただ、日本語文献も当時はほとんどなく、国際投資法を学ぼうとしたら英語文献を読解する必要があり大変でした。指導教授からも最初の一年は勉強の期間にしましょうと提案され、修士一年目は基礎の勉強に力を入れて専門分野の理解を深め、二年目に修士論文に取り組み論文を提出しました。在学中に博士課程進学の枠があることがわかり、受験したら博士課程に進学できました。
博士課程では多くの研究会に参加しました。修士論文ではウズベキスタンの問題を扱っていたので、博士論文ではよりグローバルなテーマを選ぼうとしたが、テーマを絞ることに苦労しました。論文は博士3年目から書き始めましたが、執筆しているうちに問題の所在が租税分野にあることがわかり、博士論文を完成させることができました。最初から研究テーマが決まっていたというよりも、執筆を通じて研究テーマが明確になったという感じです。なお、ケースバイケースですが、論文執筆の際には指導教授以外の先生方にも積極的に指導・相談を受けるとよいと思います。私の場合は他の先生からもとても良いフィードバックをもらえたりキャリア相談ができました。

・日本で研究者になる

博士在学中から日本で研究者になりたいと考えていましたが、それまで名古屋大学への留学者の中で研究者になった人はほとんどいなかったので、ロールモデルがない状況でした。しかし、信頼する教員に相談したところ肯定的な返答があり、本格的に研究者を目指しました。その教員にはとても助けてもらいました。博士終了後は2013年から1年イギリスで外国人研究員になりましたが、留学する前から留学後のキャリアを考えたほうがよいということで、教員の手助けのもと名古屋大学高等研究院の特任助教のポストに応募しました。主に医学部・工学部が対象で法学系の人がポストをとった前例がなかったようですが、私は合格することができたので法学部の教授も驚いていました。在学中に自分の論文だけに集中せず、幅広い分野に関心を持って、様々な研究会等への積極的な参加を通じてCVに書けることを増やしていたことが大きいと思います。
特任助教の間は研究に力を入れながら「JREC-IN」という公募サイトを毎日チェックして、専門分野に関連する公募に応募していました。苦戦していましたが、ある日、名古屋経済大学が「国際経済法」で公募を出していたので、自分の専門とドンピシャだ!と思い応募してみたところ、内定を得て2017年から准教授として勤務し、20244月には教授になりました。

・名古屋経済大学での仕事

名経大は私立大学なので講義・ゼミなどの教育の比重が大きいです。この大学のよいところは優秀な先生から丁寧な指導を受けられることです。私の赴任前はウズベキスタン人留学生が一人だけでしたが、現在は累計で三十人ほどになりました。国際交流委員会のメンバーとして留学生対応もしています。2018年からタシケントで留学フェアが開催されるようになったので、それにも参加しています。
また、常勤職に就き、落ち着いて将来のことを考えられるようになりました。名経大での職務を通じてウズベキスタンと関わる機会が増える中で、現在でもウズベキスタンにはよい法学の教科書がないことがわかりました。法科大の改革が行われている時期でもあったので、質の高い教科書の執筆や日本や欧米の教科書の翻訳プロジェクトが必要であると考え、ウズベク語教科書の執筆や日本法の教科書のウズベク語への翻訳などの活動も行っています。
その他にも名古屋大学在学中からウズベキスタン人留学生を集めて研究会をやっています。この取組は現在まで続いていますが、ウズベキスタン人によるこのような研究会は他のどこの国でも実施されていないようなので、非常に有意義な活動だと思っています。2024年から大阪と東京に支部を設けて定期的に研究会を開催し、研究会の後には食事をして日常生活や奨学金、論文の書き方など様々な悩みについて経験を共有しています。韓国などにも多くの留学生がいるので、今後、他の国でも同じようなことができる仕組みを作りたいと考えています。

・後輩たちに伝えたいこと

多くのウズベキスタン人は研究に興味を持っても、「競争の多い日本に来て教員になれるか」という疑問を持つと思います。私の経験は誰でもできることではないと思う人もいるでしょう。しかし、日本は中国人・韓国人や欧米の研究者もたくさんいる学術的に開放された国です。日本に来て研究者になることは誰でも可能とは言いません。しかし、学習環境がよい大学に留学して熱心に勉強をして指導教授に恵まれれば、十分可能な道だと思います。
そのため、後輩たちにはぜひ挑戦してほしいです。会社員としてウズベキスタンと日本の懸け橋になることも素晴らしいですが、研究者としてできることも多いです。欧米以外の地域のグローバル人材を求めている大学も珍しくなく、日本に来て学術分野で活躍する人も多くいます。日本で教授になっているウズベキスタン人は私が知っている限りで10人います。ウズベキスタンの高等教育は改革の時期で、様々な国との交流が増えています。名経大にも2か月に一度はウズベキスタンの大学が訪問するので、ウズベキスタンとの学術パートナーシップに貢献できるチャンスもあります。法学に限らず理工系の分野などでも勇気をもって挑戦してみてほしいと思っています。

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